買うべきか、作るべきか──「Buy vs Build」ジレンマ
デジタルの世界には皮肉がある。
その名に反して、長年にわたり、無数の「要件定義書」やツールに頼ってきた。これらは主に、サプライヤーとのトラブルを防ぎ、関係者とチームの足並みを揃えるために存在していた。
しかし過去2年間でこのパラダイムは大きく変化した。
整合性、予算、スケジュール、変更管理といった基本要素は今も重要だが、生成AIの登場により、ゼロからプロトタイプを作ることが、設計書・PRD・モックアップから始めるよりも早く、かつ安価になってきている。
多くの企業は、Teamsを含むOffice製品や、Google Workspaceを活用している。これらのプラットフォームは、ドキュメント、スプレッドシート、スライド、メールに対してプラグインやスクリプトを備えており、企業ニーズの50〜80%をカバーできる。残りは、ERP、CRM、カスタムアプリで対応する構造だ。
AI登場以前でも、これらのツールには十分な柔軟性があり、マクロ、VBスクリプト、Google Apps Scriptなどを使えば企業独自の要件に合わせたカスタマイズが可能だった。
今、AIはこの“最後のひと押し”を担う存在となっている。
従来の開発プロセスをすっ飛ばし、簡単な要件からすぐに成果が得られる。プロトタイプの精度も高く、開発スピードは大幅に向上する。
コンプライアンスも簡素化され、TeamsやGoogle Workspaceはほとんどのデータ規制に準拠しており、認可済みのAIモデルを使えばボトルネックも解消され、ステークホルダーへの価値提供がスムーズになる。
では、こうした状況下で、企業はソフトウェアを「買う」べきなのか?
あるCEOは「もう開発者はいらない」とさえ発言している。
この変化が生み出しているのが、2つのトレンドだ。
1. スーパー・プロダクトの台頭
たとえばNotionのように、ノート・データベース・プロジェクト管理が一体化したツールは、広範なニーズに柔軟に対応し、汎用性の高いプロダクトとして注目されている。
2. スーパー・ヒューマンの活躍
社内でツールを作り上げ、圧倒的な価値を生み出す個人の存在。
たとえば、技術に強いスーパー・ヒューマンは、AIを活用したTeams用の社内検索チャットボットを数日で立ち上げる。
一方、ビジネス視点に優れたスーパー・ヒューマンは、Google Apps Scriptを使って、Sheets上で顧客セグメント分析ツールをプロトタイピングし、CRMの強化を必要とせずに課題を解決できる。
では、運用保守や担当者の退職といったリスクは?
これらは、明確なドキュメントとトレーニング体制によって十分に軽減可能だ。
結論として、企業は人材に投資するか、時代に取り残されるかの選択を迫られている。
あらゆる企業が、IT部門のように、自社内にソフトウェア開発チームを持つ必要があるかもしれない。
これが最大の皮肉だ──ソフトウェアがシンプルになるほど、より高度な人材が必要になるのだから。